(一)人間に落ちた安姫(やすひめ)の昇神

 昭和十一年十月末、柿の実が黄色に熟しかかって居た。とある知名の男爵の家の二女に産れた美しい奥さんが、二十八才で大病にかかり薬石は尽したが効無く、段々に重るばかりであった。その上、一月許りも食物が通らず、産みの母と妹さんが二人で私に縋りつき、是非共、私に自宅まで来て慾しいと、たっての願いであるので、息女の枕辺に行った。静かに小声で神議品を称えかかると、突然、息女の手が横に延びて、指を奇妙に百足の脚が動いて居る様に動かして止みません。百足の霊が憑いて居る。榊の小杖で法により霊を抜き去り、小枝を河に流したら止んだ。次の日には急に竜体の真似をしだしたので、家族の方々が驚き泣かれた。

 私は静かに神議品を称えながら、息女の身体を床や器物に触れさせぬ様、息女の首下に手をやって息女の半身を支えて居た。私は頭から全身両手でかきむしられたので、着衣は台無しの形になった。「竜王様この身体からのいてやって下さい」と言うと、あばれるのを止めて、急に神々しい姿に成って、正規の降臨の形を採って合掌された。そして息女の口をかりて申されるには「我れ大神の命に依り此の者とりにまいったが、汝に来られては致し方なし、我れ帰えり大神に、その由つたえます程に、よしなに取り計らわれよ、さらば」の声諸共に、息女のどこにこんな力があるかと思われる程の勢で、上に延び上り頭をびくびくさせたかと思うと、平常の息女となった。

 二十日間余りは、一食もとらず、唯、水を飲む許りだと聞いたので、私は原因を調べながら、ふと外の柿の木に眼をやった。瞬間ちらと、白竜のまぼろしを見たので、奥さん、あの柿の実を一つ取って来て下さいと言うと、あれは渋柿で渋くて食べられませんと答えられたが、故あって一寸いるのです、是非とって下さい。渋柿が七八ツ私の前に置かれた。二つ程、私が皮をむいで、お嬢さん食べますかと尋ねたら、非常によろこんで、一箇全部食べてしまった。私も口にして見たが、渋って喉を通らぬのではき出した。

 それから急に食事が通る様に成ったが、私が居らぬと食べない。渋柿を食べ終ると、両手が上下に動き出し静かに合掌せられ、神憑りの形となった。そして何処から、あの美しい声が出るのかと思う程の神々しい声音で「わらわは、この肉体をあづかる者でありますが、妾は建御雷神を親神に持つ姫であります。父神の命を受けまして、劔の精を八幡にとどけての帰るさ、此の柿の実にみとれて行破れ、姿は此の家の先祖の者に取られました、誠に残念に存じます。妾のひき連れた多くの眷属等も、驚きのため次ぎ次ぎと行に破れみじめな姿となりました。妾同様に人間に落ちた者も沢山居ると聞きます。妾は親神達の情によりまして、此の家に産れました。どうか不便とおぼしめされ妾を神の世界にお帰し下さいませ、妾には神の世に夫神と男の子一人があります。妾が行に破れて人界に落ちたことを、どんなになげかれて居られることでありましょう。

 妾は一日も速く夫神のもとに帰りたい。夫神は熱海の湯田神社の守護に、妾と共に当って居りました。今二度の夫にまみえることは、妾には出来ません。進められるままに一度嫁しましたが、段々と自分と云うものが知れるにつれて、心がとがめて、今の夫の顔を見るのもいやになり、男の子一人つれて里にかえりましたが、考へて見ても夫神に申しわけないことを致しました。神の世界に帰えり夫神にお詫び致したいと存じます。婚家に帰らぬのもそのためであります。どうか、汝様のお情によりお許しあって、妾をお救い下さいませ」と涙ながらに物語る。

 私は静かに「行に破れたのは貴女の落度で、人間の罪ではありません。人を念じ、怨んではいけません。貴女が罪を受けるばかりとなります。怨みを全部さらりと捨てなさい。それがおわかりに成りましたなら、何時でも夫神のもとにお帰えし申します」と云うと非常によろこんで、その怨を捨て、自分のあやまりであったことを詫び誓われたので「それでは、そのからだが全快の日まで待て、その時が貴女の許された日である」と云うと「此処に居られます御一同様、永らくお世話になり御心配をかけました。妾は今身が軽くなりました。

 妾がもとの神の位に帰りましたなら、きっと御守護いたします。此の御方の申されることは、すべてが誠でありますから、疑っては天罰が来ります。何卒か妾の言葉を信じ次ぎに来る種々の出来事を、気を附けて御覧下さいませ。それでは、しばらく又、此の身体に這って居りますから、どうぞ宜敷しくお願いいたします」と言われ、合掌して身をぴくぴくと動かされ正気にかえり平常の息女となった。しばらくして湯田神社の夫神が神憑かられ「われ湯田神社、この者の夫神である。吾が妻を救わんがため、我れ人を以って、此の方を此処に招じたのである。なにとぞ、よしなに取計らい賜わる様。又此の者と此の者の妹には、湯田神社の拝殿に於て、吾が白蛇の姿を見せ置きたり、お聞きあられよ、さらばお待ち申す」と言われ、静かに去られた。

 それから半月許りの間、私は毎日一時間位づつ枕辺を訪問し、私が行かぬと通らぬので、食事を与えては帰った。中途で主治医に面会を求められたので、男爵家の応接間でお目にかかった。医師の申されるには、薬だけでは生かすことは出来ません。食物を食べさせねば死にます。ところが私の力では、どうしても食べさすことが出来ません。あなたが来られると食が通る。御多忙でありましょうが治るまで毎日来て、食わせていただくわけには行きませんか、薬の方は私が全力を尽して見ますが、何分共宜敷しくとのことである。私は息女と家族の間に立って困った。神界に在る夫神のもとに返し申すことは、息女の死であり、お家族の方達は生を望む。しかし神を人界に落して置くことはためにならない。例え、それが如何様な神であろうと、神の役目を果して戴かねばならない。

 食も独りで進み、元気も回復したので、私はしばらく逃げていた。私が行けば、全快と同時に死は確実である。遂に約束の日が来た。息女の母と妹さんが私を呼びに来たことである。「非常におかげで元気になりましたが、今日は是非とも先生をお招きして下さい。どんなことがあろうと、なんとしても、も一度お目にかかり度い」と私は立場に苦しんだが、腹をきめて枕辺に行った。非常によろこび、神議品を聞かして下さいと言われ、元気よくなって、病も回復して居た。「私は、私の罪が消えた様な気がいたします」と言って、色々な四方山話を話して居た。

 突然神憑りが有り、「我れ建御雷神である。娘が今度は世話になった。迎えに来たから、身体を浄めてやって下さい」と申され、看護婦さんが身体を清潔にふき取り、衣類も取り換えた。「これでよい」と言われて息女は常位になり「誠にお世話に成りました。お迎え戴きましたので、まいります。も一度神議品をお聞かせ下さいませ」と云い、神議品を称える中途でにっこり笑い、合掌されると同時に昇天した。そのことあって、一年後、息女の母と妹さんが私の前に来て、今年はあの柿の木に実がたった一つしかなりません。もう柿の木は役目がすんだのかも知れません。誠に不思議です。今まで、あの木に毎年実が二三百ならぬことはありませんでした。妹の方は神の言われた通り、望み通りの縁談がまとまりましたと、有難涙にむせび喜んだ。安姫竜王昇神の一節である。

 神命による竜神の使いの行は夏冬を論じない。極寒の中でも、人に見られぬ様、又、油断せぬ様、油断すると、己の姿は凍結する。御器所高辻に居た方で、寒中霜の中に、椅麗な赤色の寒ぼけの花が咲いて居た辺りで、渦巻く二柱の竜神を見た。速く姿をかくせと言ったが、数日後、二階の物置きに折り重なって死んで居た。

 丁度三年後息女二人同時に発熱し、腸チフスだと云うので入院したが、その兆候があらはれない。猖紅熱ではないか、而し断定は出来ないと云うので、四十度からの熱が四十日過ぎたが、さがらない。病勢は重るばかりで重態となった。花にみとれて行破れた竜神である。祭神供養法で救ったら、夢の様に快癒した。この夫婦の神の竜神は、宝来山の眷属で○○邸内の○○○○○の社に使いしたもので、途中この方の家に道よりして失敗したのであった。

 代々○○邸の御納戸役を勤め、その社をお守りして居たとのことである。かくして、上位の神達の命を受け、その使いの途上、万一にも行破れ使いの役目を果さぬ時は、その竜神は天罰を受けて、その役目の軽重によって、一族追放と云う悲惨な破目に落るものもある。それ故、姿を見た者の一家に大きな障りをなし救いを求める。金庫の中、押入れの中、たんすの中、梱の中、寝床の中等にも姿を顕わすことがある。捨てて帰って見ると、同じ場所に同じ姿を見たり、密閉した箱に入れても姿を消すこともある。某氏が黒蛇を黒焼にするため、土鍋に入れ、土を塗って、瓦焼きの釜に入れて焼いた。見たら中には何物もなかった。以来、死人、狂人が続いて、独り者となって居た。竜神の目を松葉でつついて三年後、松木のまきを作って居たら、端片が眼にささった人、竹でつついて竹が眼にささって失明した人もあるので、いたづらはやめた方がよい。白蛇をこうもり傘の先きでつき殺して、三年後から肺病になり死んで居る。

 静岡県の○○のお宅で、姪が原因不明の病気に取り付かれ、人から、この病気は蛇の肝を喰えば癒ると教えられ、蛇が慾しい慾しいと思って居た矢前、家の軒に七尺許りの大きな奴がぶら下ったので、之れはお与えだと、その蛇の肝を取って喰わせた。翌日も同時刻、今度は便所の屋根から同じ様な蛇がだらりと下ったので、それも肝を取って喰わせた。すると、姪の体が一尺許りも床からはね上り、蛇の様にのたうち廻り出し四、五日で死んだ。

 その日、庭のお稲荷様の社の前に小さな白蛇がとぐろを巻いて死んで居た。富士浅間の竜王の裁きであった。名古屋の○○医業が不振で苦しんで居た。安芸弁財天の眷属の竜王が代々守護して居たが、大きな竜が何万とも知れぬ竜を従え、金の玉を喰えて来た夢を見た。それから、がた落ちに悪運が続いた。お詫びして守護を願ったら、朝日の昇る勢いで大きな病院を築いた。富士浅間の守護を受けて、代々大きな財を作りながら気附かず、落魄して手足の関節が固着し、竜神に詫びたら一年半許りで、全快した。観世音の守護に気附かず、音無川の竜神に罰せられ、音無川の歌と踊りで、女にむがれた某等も居た。那古野の眷属の竜神が使いの途上行に破れ、河原で子供に持遊ばれ、たたきのめされて居た時、笑って見て居た方は失明した等のこともある。

 鎮守は概ね天津神、国津神等の眷属の竜王が多くの配下を引き連れて、守護に当って居た。竜神は使いの行の他に、寒三十日の行に行く、そして凡夫九百年の苦行に相当する力を得る。竜神はその色その他について種類多く、種々な名称となって顕われて居る。竜神の総てが神と崇められるわけではなく、神達に認められ、又、解脱して、神達の使いの行を果して神通力を得たもののみが、汝達に神と崇められる竜神又は、竜王となる。総ての動物は年功を経ると、相等の通力を得る。通力あるからすぐ神と云うことは出来ない。竜や竜神には相等に悪戯者が居り、悪ばかり働いて、人の精気ばかり取って暮して居るもの、酒好きのため人に取り憑いて酒を呑み、その精気を通力によって、自体に運び暮すもの、又、通力あるにまかせ悪に味方して善を苦しめるもの、面白半分、逆怨み、呪詛等に力を添えるもの、神の使いを果して、神位を得る等、そんな堅苦しいことは真平だなど云って通力あるにまかせて、多くの眷属を連れ悪を守り立て大酒を呑みながら竜神自身が乗り憑って商売して、天罰の来るまで相等の立身出世をさせて居るものもある。何れは、神達の裁きを受け竜神自体が苦しくなり、守護して居る者を次ぎ次ぎに身代りに立てる。
 遂には通力を失せて、守護されて居るものも同時に奈落の底に落ちる。この様なものは神では無い。竜王の位を得てからでさへ、慢心から悪に落ち神達に破門され神位を失うものも居る。理の悪い悪に味方して、支配の神に破門されたある竜王が、私に済渡され悪を捨てた時の物語りに「毒を喰わば皿までと破門されてから通力あるにまかせて、悪を働いたが、心の苦しみが増して来て、その苦しさと言ったら、何とも譬え様がなかった。唯今より、悪の足を洗って行をし、支配之神に詫びをかなえます。
 神の位を得て支配之神の御元に居た方が、どんなに楽であったか知れません。神罰のおそろしさが身にしみました」と礼の言葉を述べて居た。悪の竜の法力は梅干、大根のおろし、煙草の煙によって防ぎ得る。守護神となった竜神が、ざわざわと鱗の音をたてる様な大きな実体を顕した時は、その頭の方向に退避しなければ難をのがれることが出来ない。滅多にあることではないが、心得て置く必要はある。

 汝達の身辺には、種々な役目の神の眷属である竜神達が、幾柱も見廻りに来るので、竜神の守護あるものと信じ、私の教えた教典を称え、多くの神々に感謝し、その恩に報じて居りさえすればよい。上位の神達が適当に取り計ってくれる。

 

天元教 第一編

一、唱題 南無忠孝妙法典

二、教典 忠孝妙法典

三、序 文

四、霊や神達は居るか

五、大自然は魂魄、言葉、電素に依って活動する

六、霊と香い

七、虫のよい人間たちの多いこと

八、面白く操られて居る人間界

九、油断と満心は汝の行の禁物

十、竜神及び稲荷の行

十一、竜神と人との関係

(一)人間に落ちた安姫の昇神

十二、稲荷と聖天

十三、水神と井戸神

十四、家相の難除け

十五、地鎮祭

十六、丑九十度清浄圏と未申清浄圏

十七、八柱の荒神

十八、八荒神と水神守護の分布

十九、毘沙門

二十、思ひ除け人形法

二十一、思ひと恋慕

二十二、神の思ひ

二十三、仏 霊

二十四、念霊(生霊)と死霊

二十五、人体に憑く動物霊と供養

二十六、樹木や岩に棲む霊と供養

二十七、金神(こんじん)供養

二十八、執念(しゅうねん)供養

二十九、行体の繁殖とその霊及び寄生霊

南無忠孝妙法典
天元教機関紙
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